海の森づくり推進協会ニュース

No17 2003年5月4日

海の森づくり推進協会 事務局

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コンブ等海中林造成による水産資源倍増論

松田惠明:海の森づくり推進協会代表理事、鹿児島大学水産学部教授

 

終戦の年である1945年の我が国の漁獲量は約200万トンであった。その後、食糧確保という国策と「沿岸から沖合へ、沖合から遠洋へ」というスローガンに沿って、水産業は飛躍的に伸び、自他ともに「世界1の水産王国」を認めるまでになった。また、高度経済成長の結果である魚価高と70年代後半からのイワシの豊漁に支えられて、1970年代の石油危機とその後の200海里体制下の漁場制限を乗りきり、1988年にはその漁獲量は1.2億トンを記録した。その後、イワシの激減と漁場制限等によって2000年の漁獲量は638万トンまで減少し、沿岸捕獲漁業の漁獲量はついに158万トンまで減ってしまった。この沿岸捕獲漁業の漁獲量は、殆ど沿岸の零細漁業に依存した1945年の漁獲量をはるかに下回る。漁民の数は、戦後ピークを迎えた1951年の86万人から26万人にまでに減ってしまい、日本の漁業は起死回生が迫られている。翻って、水産物貿易を見ると、貿易自由化の波に乗って1970年代初頭に水産物輸出国から水産物輸入国に変わった日本はこの不況時の2002年でも313万トン、約1.7兆円の水産物を輸入し、世界1の水産物輸入大国を維持している。同年の輸入額は日本の生命線といわれる石油5.4兆円に次いで大きい。極論として、漁業が衰退しても輸入水産物で補えばいいとの楽観論もある。

しかしながら、古今東西を問わず、水産は人類の歴史とともにあり、水産以外に人類が抱える持続可能な海洋利用・人口・食糧・環境・地域経済・難病・食料安全保障や国家総合安全保障問題等重大かつ緊急課題の解決法として短期・中期・長期的展望を持つものは少ない。過去の経験を生かし、水産の起死回生を図り、日本の水産が世界の責任ある漁業のモデルとなることは、まさにいま海洋の新時代に向けた日本に求められている国際貢献である。

では、その芽は日本にあるのだろうか?その答えは「ある」である。

2001年には、水産の自助努力で日本の水産の起死回生を図ろうとする「水産基本法」が制定された。また、かって日本漁業の独壇場であった東シナ海・黄海・渤海で、1987年の改革解放政策の下、中国の捕獲漁業が急速に伸び、今では1,400万トンの漁獲を挙げ、日本へも大量に輸出している。

  この原因として考えられるのは、大連から福建省におよぶ沿岸海域
1,300kmに及ぶコンブ等海藻類養殖による12月から6月までの人工海中林の存在である。現在の中国の海藻生産量は湿重量では600万トンを超えており、日本の海藻総生産量の10倍を超えている。これらの海中林が、海洋環境を改善し、魚介類の産卵場や揺籃場となったと考えられる。

  この膨大な海中林の切っ掛けは、
1930年に北海道から導入されたマコンブの養殖である。私達は、「この中国から学ぶべきことはないだろうか?」と考え、1994年に鹿児島県東町漁協で、日本沿岸における大規模海中林造成試験を行い、その可能性を確信した。以後、全国に共鳴者を増やし、いまでは、鹿児島県各地、宮崎県、石川県、愛媛県、千葉県、静岡県、長崎県、熊本県、広島県、島根県、岡山県、沖縄県でも小規模な実験が続いている。

 
2001123日の大日本水産会の業際懇談会で、「21世紀の課題」として「日本の沿岸域におけるコンブ海中林造成等による水産資源倍増論」が取り上げられ、その後、全日本漁港協会の「海の幸を活かす港町づくり―漁港・漁場・漁村整備の目指す方向―」というパンフの中で、私達が提唱する「コンブ等の海中林を大規模に造成する」ことの効用や、「浮沈式養殖施設」が大規模な海中林造成のイメージとして披露された。200266日の154回国会農林水産委員会でも「コンブの森づくり」が取り上げられ、既に、関連の任意団体「コンブで海中林を造ろうの会」やNPO「海の森づくり推進協会( http://www.kaichurinn.com/ )」、NPO「沖縄ピースコースト」等が活動している。昨年末には、議員立法で「自然再生推進法」が制定され、NPOや漁協、地域住民組織等が協力するプログラムが地方自治体や国の支援を得れるようになった。さらに、超党派国会議員からなる「海の森づくり推進議員連盟」が出来ている。

 

 

  私達が提唱する日本沿岸域における水産資源倍増計画は、「海の森づくり」と「その生産物の利活用」を車の両輪とし、全国津々浦々に分布する漁協・漁民・漁村を中核として、循環型社会を目指す組織・個人の支援を得て、「海・山・川と森と里と都市」を結ぶネットワークの輪を広げ、水産資源を倍増しようとしている。その骨子は次の通りである。

@     動機:日本では、その国土37万平方キロの中で1,200億人が生活しているにも関わらず、日本の排他的経済水域447万平方キロを仕事場にしているたった26万人の漁業者が生活できない理由はない。これまでのやり方を正せば、日本の沿岸域の漁獲量を倍増し、漁業人口を100万人とする事も可能である。

A    可能性:中国を見習おう。また、かっての出稼ぎ漁民から這い上がり、1漁家1億円以上の貯畜をもち、後継者問題も無く、漁協組合員1人当たりの年間の可処分所得が2千万円を超える「北海道漁業の担い手となっているホタテ漁業者」を見習おう。彼らは漁協の調査船で、前浜の資源調査を行い、5年先の漁況を見通せる状況を作っている。調査は県や国の仕事と考えている多くの後継者問題に悩む漁民とは本質的に違う。

B     インフラ整備:既に法的体制は整備されつつある。

C     基本計画100mコンブ種糸運動・大規模海中林造成・生産物の利活用

            100mコンブ種糸運動

これは魚介類養殖業者がこれまでの単一養殖から海藻等を含めた複合養殖に切り替えるための運動である。100mのコンブ種糸代は現在16,500円で送料込みでも2万円弱である。裏作として出荷後の空生簀や利用中の生簀・ロープ等を利用して鹿児島県の錦江湾以北であれば6ヶ月で約20トンのコンブ生産は可能である。養殖漁家はこれによって薬剤の使用が減り、歩留まりが高まる可能性がある。また、東町漁協のように魚類生簀面積と海藻養殖面積を1:1にすれば、100,000の生簀が参加すれば、200万トン(現海藻総生産量の約3倍強)の海藻養殖生産が実現する事になり、漁船漁業者に対しては藻場効果が発揮される。消費者に安全・安心食品を提供する養殖が求められている今、これは今後10年間の目標として決して無理ではない。

            大規模海中林造成

1996年現在日本には 1,977の沿岸地区漁業協同組合(以下地区漁協と呼ぶ)があった。その約25%に当たる500地区の共同漁業権水域の外縁に毎年1万トン生産用の浮沈式コンブ等海中林藻場を造成維持すれば、年間500万トンのコンブ生産が可能となる。一基一億円程度の浮沈式施設の建設には国から50%の補助がでるので、地方自治体やNPO等の協力を得た漁協管理下の海中林造成事業として赤潮・青潮等対策としての環境浄化と不特定多種の増殖効果が期待でき、漁船漁業のみならず養殖の振興に繋がる。当初の5年間は、大規模海中林造成の環境影響評価等の研究や種苗生産施設等の建設などインフラ整備にかけ、後半の5年間は全国普及を図る事になる。100m種糸運動と大規模海中林造成による生産量は併せて700万トンとなり、これは現在の日本の海藻総生産量の10倍以上で、ほぼ中国の海藻総生産量に匹敵する。その結果、日本沿岸の水産資源の倍増が期待される。

            生産物の利活用

養殖技術が確立しているコンブは大型海藻であるため、取り扱いが簡単である。そして食用、薬用、餌、肥料、工業用原料等コンブの利用法は多い。先ず生産物の地産地消がある。養殖業者は生産物を鮑やカワハギなど魚介類の餌として利用できる。食用としては生食・食品加工用素材・食品増量材・添加剤・機能性食品等として利用できる。薬用としてはヨード欠乏症や癌に効く。肥料としてはスイカ等の糖度を増したり、化学肥料を長く使った畑でとれる野菜の硝酸態窒素を蛋白質に変える働きがあり、生ごみ処理用コンポストの分解細菌を増やす触媒としても使える。また、工業用原料としてはアルギン酸等の食用以外に染料・潤滑油・化粧品等の添加剤に使える他、バイオマスエネルギー源にもなる。生産物の利活用が現金収入に結びつきだせば、その藻場造成事業は経済自立性を持ち、地域振興に繋がる。

 

 

 D これまでの藻場造成との違い

 

            管理主体は漁民であり、一過性の仕事ではない

漁民が種を管理し、毎年種を沖出し、管理収穫しなければならない。結果として、長期的な雇用の創出並びに漁民の収入増、漁村の活性化に繋がる。漁村の活性化は国家総合安全保障に繋がる。

 

            養殖技術を駆使した人工の藻場造成である

  したがって、コントロールし易い。ちなみに、日本からの輸入されたコンブが中国で養殖され始めて既に70年になるが、コンブによる環境破壊の話は聞かない。1年の内6ヶ月ほどしか海にいないコンブが海で優先種になる事はない。ちなみに、天然のコンブは2年生である。

 

            環境浄化に繋がる

コンブ等海藻類を使った人工藻場は水中の窒素・燐・炭酸ガス等を吸収し、酸素を出し、富栄養化や赤潮を防ぎ、青潮や磯焼けの弊害を少なくする。

 

            天然の藻場造成との違い

在来種を中心とした天然の藻場造成は、その生産物は一般的に流れ藻となって、一定期間海を漂った後、海底に沈んだり、浜に打ち上げられたりして放置されはするが、収穫・利用されないので、そのままでは環境浄化に繋がるとは言い切れない。

また、成功すれば水産増殖に繋がるが、これまで成功例が少なく、あっても局所的である。「磯焼け」の原因は「食害」や「環境の変化」等いろいろあるが、その解決はそう簡単ではない。また、天然藻場の生産性は必ずしも高くなく、その収穫量の年変動は大きくコントロールが難しい。ここで提唱している養殖技術を駆使した人工の藻場造成は、このような天然の藻場造成を補完するものであり、共生できる性格のもので、比較的短期間での大量生産も可能である。国も「養殖」という私的な意味をもつ言葉を使わず、藻場造成、海中林造成、栽培漁業等公的な意味を持つ事業として展開する限り、従来の藻場造成と同等に扱う方向で動いている。また、環境浄化の目的で海藻を栽培するならば、特別の許可も必要がない。一方、魚貝類養殖等と結びつけて、5年に1度更新される「区画漁業権」の下で、海藻養殖を行うことも可能である。

 

 

E 課題

 

            外来種である北の海のマコンブを南の海にいれて「海藻キラー」と成り得る可能性は否定できないのではないか?

可能性はあっても非常に低く、もしあってもコントロールできると考えられるが、長期的な調査研究が必要である。

            コンブの藻場造成は地球温暖化に貢献するか?

コンブ700万トンは乾重量では70万トンであり、その2分の1が炭素固定量とすると、年間35万トンの炭素が固定される事になる。しかしながら、収穫物が貝等に食され貝殻などに転換した場合はその固定度は非常に高いが、その他の場合、循環系の中にどれだけ留まるかによって固定量も変わるので今後の研究が必要である。

 

            コンブ等海藻類の人工藻場造成はコンクリートあるいはプラスチック製の魚礁とどう違うのか?

コンクリートあるいはプラスチック製の魚礁は、多年生の在来種を対象とし、海藻が付着し易い素材を組み込み改善が加えられているが、初年度の成績がよかったからといって、以後永遠に効果があるとは言えない。当分は試行錯誤が続く。問題はこれまでの公共事業の様に、投入が終わってからの毎年の管理である。その点、コンブ等海藻類の人工藻場造成は当初から、毎年の管理を組み込んでおり、自立発展性に富んでいる。また、コンクリートあるいはプラスチック製魚礁には無い環境浄化機能を持っている。

 

            なぜコンブか?

大型海藻としてのコンブは、日本人には食用としてなじみが深いばかりでなく、養殖技術が確立しており、コントロールしやすく、栽培・収穫等が比較的簡単である。その利活用の可能性も他の海藻とは比べ物にならないほど広く経済性をもっている。

 

 

  本「水産資源倍増論」は3K(汚い、きつい、危険)職場として水産を無視してきた日本の現代文明と21世紀の世界の水産(3K:きれい、感動、危機管理を象徴する産業)のリーダーシップづくりへの挑戦であり、日本の経済再生と平和な国際社会作りに向けた日本の国際貢献への提言である。